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zoom RSS 「今日もグッドモーニング」番外編:ノーベル賞中村修二オメデトウ!!

<<   作成日時 : 2014/10/08 08:35   >>

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1924年ノーベル賞に青色ダイオード実用化に向けて3人の協同貢献者に受賞が発表されました。
先ずは、congratulations\(^o^)/
中でも、中村修二さんにオメデトウ!!
四半期前、赤崎さんは良質な窒化ガリウム結晶から青色を発する現象を発見しました。しかし輝度は乏しくすぐに実用化にはつながりませんでした。当時のLEDは赤色と黄緑色しかなくメーカはシャープ、サンヨーがトップを走っていました。フルカラー表示器を作るのには青色発光ダイオードを開発するのは急務と騒がれておりました。
青色発光半導体の材料としては、セレン化亜鉛(ZnSe)と窒化ガリウム(GaN)があり、主流はセレン化亜鉛に絞られ、多くの研究者達は窒化ガリウムから離れましたが、赤崎先生研究室では研究を続け、サファリ基板の上に窒化ガリウムの結晶を作るのに成功しました。この時の助手?が天野先生かと存じます。アニール処理とか、ヘテロ接合とか難しい言葉が浮かんできます。

それから約8年後?、徳島の地場産業である日亜化学工業は高輝度な青色発光ダイオードの実用化を成功させたと発表しました。開発者として中村修二さんがクローズアップされました。氏は赤崎論文からアニール処理に閃き誰もが匙を投げたテーマに執着をし執念で自作のツーフローMOCVDを作り高結晶の窒化ガリウム成長に成功し、
青色発光ダイオードの実用化に成功したわけです。

今から思うに、赤崎先生の論文は今で云うSTAP細胞的な存在で他の機関からの追試もなく埋もれてしまったような記憶があります。
ノーベル物理学賞は基礎理論で受賞するのが、一般的でしたが、昨今は実用化の発明にも門が開かれたようです。因みに、電球発明のエジソンさえノーベル賞は受賞していません。赤色LEDは1960年代アメリカ人が実用化に成功したが、やはりノーベル賞はもらっておりません??

青色ダイオードの特許係争では、日亜化学と豊田合成との壮絶な戦いがありました。
日亜化学は蛍光染料化学会社、方や豊田合成はトヨタをバックとし赤崎先生をバックアップしました。素地は赤崎先生だけど、論文の再現は誰でも出来ませんでした。
日亜化学の先々代の社長は、2億円(当時)近い投資を中村に授けました。
その後、中村修二は、世界の研究者からその報酬の少なさに、お前は「奴隷研究者」と揶揄され、とうとう日亜と確執が生まれ特許権所属の戦いがはじまり「闘う研究者」として悪名?の名が広がってしまいました。

カラーを白色化するには、赤、緑、青の三原色が必要ですが、波長の短い青色の実現が壁でした。その後、窒化インジウムガリウム(InGaN)のダブルへトロ構造で更に高輝度な青色発光ダイオードとして進化しました。今、白色LED電球は青色発光ダイオードの上に補色の黄色蛍光材を被せています。大型スクリーンの画像は、赤緑青の小さな絵素を組み合わせています。液晶のバックライトにも利用され、今の明るいTV、スマートフォンにも活用されています。

この偉業に心からオメデトウございます。

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